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【ノバク・ジョコビッチ】安定したフォアハンドやサーブが武器!?

この記事の内容

  • ノバクジョコビッチの経歴・プレースタイル・戦績・獲得賞金が書いてあるよ!
  • ノバクジョコビッチの使用しているテニス道具が書いてあるよ!
  • ノバクジョコビッチのプチ情報が書いてあるよ!
K

こんにちは、Kです。

サーブ・レシーブ、ストローク・ボレー・その他小技の全てが一級品で武器であるプレーヤーのジョコビッチですが、果たして最初から天才だったのでしょうか?

最近はテレビでも取り上げられることが多くなったため知っている方も多くいらっしゃると思います。しかし、デビューの頃までわかる方は少ないと思います。

というわけで、今回はノバクジョコビッチについての記事を書いていこうと思います。かなり詳しく書いているので目次を使ってもいいかもしれません!

それでは始めましょう!!

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選手基本情報

名前ノバク・ジョコビッチ(Novak Dokovic)       
出身地ユーゴスラビア・ベオグラード(セルビア)
利き手右利き
バックハンド両手打ち
自己最高ランキング     シングルス:1位 ダブルス:114位
生年月日1987年5月22日(33歳)
身長 / 体重188cm / 77kg

経歴

ジュニア時代

12歳の時にドイツのミュンヘンにある「ニキ・ピリッチ・テニスアカデミー」に2年間留学しました。

プロ転向(2003年)

2003年

プロに転向しました。

2004年 デビスカップ出場

国別対抗戦であるデビスカップにセルビア・モンテネグロ代表選手として出場しました。

2005年 四大大会出場

デビュー戦である全豪オープンでは1回戦で敗退となりましたが、ウィンブルドンと全米オープンでは3回戦に進出しています。

2006年 ツアー2勝

全米オープンベスト8をきっかけに急成長を始めます。

当時世界ランキング63位だったジョコビッチは、2回戦はF・ゴンザレス、3回戦はT・ハースといった強敵を破り準々決勝に進出しました。ウィンブルドンでも4回戦まで進出しています。

ウィンブルドン終了直後のオランダ・オープンでツアー初優勝をしました。

全米オープンでは3回戦で敗れたものの、10月初頭のモゼール・オープン(ATP250)でツアー2勝目を挙げました。

2007年 全米オープン準優勝、ランキング3位に浮上

さらに大躍進する年になります。

マイアミ・マスターズでは、R・フェデラーを下して勝ち上がってきたG・カナスを破り、マスターズシリーズで優勝を飾りました。

全仏オープンとウィンブルドンでは、R・ナダル破れるものの準決勝まで勝ち上がりました。

ロジャーズ・カップ(マスターズ1000)では、準々決勝でランキング3位のA・ロディック、準決勝でランキング2位のR・ナダル、決勝でランキング1位のR・フェデラーを倒しマスターズシリーズで2勝目を挙げました。

この時点で世界ランキングは3位に浮上しています。

全米オープンでは、決勝でR・フェデラーに破れるものの四大大会で初めて決勝に進出しました。

2008年 全豪オープン優勝

全豪オープンでは準決勝でR・フェデラーにストレートで勝利を収め、決勝でもJ・ツォンガを破り、20歳8ヶ月でグランドスラム初優勝を果たしました。

その後、北京オリンピックでは銅メダル獲得、テニス・マスターズ・カップ(ATPファイナルズ)では決勝でN・ダビデンコを破り初優勝を決めました。

2009年 次世代のNo.1候補に選出

全豪オープンでは、A・ロディックとの準々決勝を途中棄権しました。また、全仏オープンでは3回戦敗退、ウィンブルドンではベスト8、全米オープンではベスト4という結果になっています。

四大大会優勝はなかったものの、R・フェデラーと互角に戦うほどの実力を発揮したことで、R・セーデリング、N・ダビデンコ、J・デルポトロ、A・マレーとともに次世代のNo.1候補に名を連ねました。

2010年 全米オープン準優勝、世界ランキング2位

全豪オープンでは準々決勝でJ・ツォンガに敗れましたが、大会終了後のランキングで初めて2位となりました。

その後は全仏オープンでベスト8、ウィンブルドンではベスト4となっています。

全米オープンの準決勝では、R・フェデラーをフルセットの末、勝利を収め3年ぶりに決勝に進出、決勝ではR・ナダルに敗れ準優勝となりました。

年末にはグルテンアレルギーが発覚し、改善に取り組み始めて2011年のツアーに備えました。

グルテンアレルギーとは

小麦などに含まれる「グルテン」が腸壁を傷つけることで起こるアレルギー症状です。
便秘や下痢、偏頭痛などを病気までは行きませんが、なんとなく体調が悪いといったような感じになります。
精神面にも影響が出て、集中力がなくなったり、やる気が無くなったりします。

2011年 グランドスラム3冠、世界ランキング1位

全豪オープンの準決勝でR・フェデラーを破り決勝に進出、決勝でもA・マレーに勝利し2度目の優勝を果たしました。

さらにドバイ・テニス選手権(ATP500)でもR・フェデラーを破り優勝、BNPパリバ・オープン(マスターズ1000)、マイアミ・マスターズでも優勝を果たしました。

クレーコートシーズンでも勢いは止まらずセルビア・オープン(ATP250)で優勝、マドリード・マスターズとBNLイタリア国際(マスターズ1000)の決勝でR・ナダルを破り優勝しました。

全仏オープンでは準決勝でR・フェデラーに敗れベスト4となりましたが、ウィンブルドンでは決勝進出を決め、その時点で世界ランキング1位になることが確定しました。ウィンブルドンではR・ナダルを破り優勝しました。

さらにロジャーズ・カップ(マスターズ1000)では優勝し、シンナシティ・マスターズでは準優勝となりました。

全米オープンでは、右肩の負傷もあり心配されていましたが、順調に勝ち上がり準決勝でR・フェデラーに勝利、決勝ではR・ナダルに勝利し、見事優勝しました。

この年はグランドスラム3冠と世界ランキング1位、獲得賞金額が1060万ドルを超え歴代1位となりました。

2012年 全豪連覇、世界1位陥落と復帰

全豪オープンでは決勝でR・ナダルを破り連覇、ソニー・エリクソン・オープン(マスターズ1000)でも優勝、モンテカルロ・マスターズ、BNLイタリア国際では準優勝となっています。

全仏オープンでは決勝で再びR・ナダルと対戦しましたが、敗れてしまい準優勝となりました。

ウィンブルドンでもR・フェデラーに敗れてしまい、1年守ったランキング1位から陥落しました。

ロンドンオリンピックでは銅メダル決定戦でJ・デルポトロに敗れてしまいメダル獲得を逃しました。

その後のロジャーズ・カップの決勝では、R・ガスケをストレートで下しシーズン3勝目を挙げました。

全米オープンの決勝ではA・マレーに敗れ準優勝でしたが、チャイナ・オープン(ATP500)の決勝でJ・ツォンガを、上海マスターズの決勝ではA・マレーに勝利し2週連続タイトルを獲得しました。

世界ランキングもR・フェデラーが1位から陥落したことで1位に復活しました。

ATPファイナルズでは準決勝でJ・デルポトロに、決勝でR・フェデラーに勝利し2度目の優勝、世界ランキングも1位で終了しました。

2013年 全豪オープン3連覇

全豪オープンでは、決勝でA・マレーを破り優勝したことで3連覇となりました。ドバイ・テニス選手権でも優勝を飾りました。

BNPパリバ・オープンの準決勝ではJ・デルポトロに、ソニー・エリクソン・オープンではT・ベルディハ敗れました。

クレーコートシーズンではモンテカルロ・マスターズの決勝でR・ナダルをストレートで破り優勝しました。

しかし、マドリードマスターズでは初戦でG・ディミトロフに、BNLイタリア国際では準々決勝でT・ベルディハに敗れ敗退しました。

全仏オープンでは、準決勝でR・ナダルに敗れ、シンナシティ・マスターズではJ・イズナーに敗れました。

迎えた全米オープンでは決勝でR・ナダルと対戦し、再び敗れてしまいました。

10月のチャイナ・オープンでは決勝で再びR・ナダルと対戦しました。やっと破ることができツアー優勝を果たしました。流れに乗り、上海マスターズとBNPパリバ・マスターズでは連続優勝、ATPファイナルズでも好調を維持し、決勝でR・ナダルを破り優勝を飾りました。

2014年 ウィンブルドン優勝、ランキング1位

全豪オープンでは、準々決勝でS・ワウリンカと対戦し、フルセットの激闘の末敗れました。

ドバイ・テニス選手権では準決勝でR・フェデラーに敗退、しかし、BNPパリバ・マスターズでは借りを返すように決勝でR・フェデラーを破り優勝しました。

マイアミ・マスターズの決勝ではR・ナダルに勝利しました。

クレーコートシーズンは、モンテカルロ・マスターズでR・フェデラーに敗れベスト4でしたが、BNLイタリア国際では決勝でR・ナダルに勝利し3度目の優勝を果たしました。

しかし、全仏オープンでは再びR・ナダルと対戦し敗れました。しかし、ウィンブルドンでは決勝でR・フェデラーと対戦し、フルセットの末勝利し、2度目の優勝をしました。

全米オープンでは準決勝まで進むものの錦織圭に敗れ敗退しました。

BNPパリバ・マスターズでは決勝でM・ラオニッチを下し優勝、これによりマスターズ大会で20度目の優勝となりました。

ATPファイナルズでは、ラウンドロビンを突破後準決勝で錦織圭に勝利し、決勝ではR・フェデラーが棄権したため3連覇を飾りました。

年間最終ランキングは1位です。

2015年 ジョコビッチ無敵時代

全豪オープンでは決勝戦で5度目のA・マレーと対決し、見事勝利を収め優勝しました。

BNPパリバ・マスターズの決勝でR・フェデラーを、マイアミ・オープンの決勝でA・マレーを破り優勝しました。これでマスターズ1000は22個目のタイトルとなりました。

ここで通算142週世界ランキング1位に在位となります。

モンテカルロ・マスターズ準決勝でR・ナダル、決勝でT・ベルディハを破り優勝しました。

この後休養するものの、BNLイタリア国際の決勝でR・フェデラーを破り2連覇を果たしました。

生涯グランドスラムをかけて迎えた全仏オープンでは、準々決勝でR・ナダルに勝利、準決勝ではライバルのA・マレーを下し決勝進出しました。しかし、決勝ではS・ワウリンカに敗れ準優勝となりました。

ウィンブルドンでは決勝でR・フェデラーに勝利し3回目の優勝しました。

ロジャーズ・カップでは決勝でA・マレーに敗れ準優勝、シンナシティ・マスターズでは決勝でR・フェデラーに敗れまたもや準優勝となりました。

全米オープンでは準決勝でM・チリッチに勝利し、決勝でもR・フェデラーに勝利し2度目の優勝を飾りました。それと同時に年間ランキング1位が確定しました。

まだまだ止まらず、チャイナ・オープンでは決勝でR・ナダルに勝利し優勝、上海マスターズでも決勝でJ・ツォンガに勝利し優勝、BNPパリバ・マスターズでも決勝でA・マレーに勝利し優勝と勢いが止まりませんでした。

ATPファイナルズではラウンドロビンを2位で通過し、準決勝でR・ナダルと激突するも勝利しました。さらに決勝ではR・フェデラーに勝利し4連覇を果たしました。

まさにジョコビッチ無敵時代となりました。

2016年 キャリアグランドスラム達成

カタール・オープン(ATP250)では決勝でR・ナダルに勝利し優勝しました。

全豪オープンは苦戦しながらも決勝戦に進出し、A・マレーにストレートで勝利して優勝しました。

BNPパリバ・オープンでは決勝でM・ラオニッチに勝利し優勝、マイアミ・オープンでも決勝で錦織圭に勝利し優勝しました。

マドリード・オープンでは決勝でライバルのA・マレーと対戦し勝利を収め優勝しましたが、BNLイタリア国際では決勝でA・マレーに敗れ準決勝となっています。

全仏オープンでは、雨天サスペンデッドになるなど悪天候に悩まされますが、なんとか決勝戦に進出しました。決勝では、A・マレーと対決し、見事勝利し優勝しました。

この全仏オープン初優勝と同時に、キャリア・グランドスラムを達成しました。通算獲得賞金も史上初めて1億ドルを超えた選手となりました。

ウィンブルドンでは3回戦で敗退するものの、その後のロジャーズ・カップでは決勝で錦織圭に勝利し、マスターズ30勝目を挙げました。

リオ五輪ではJ・デルポトロに敗れ、さらに怪我のためシンナシティ・マスターズを欠場しました。怪我明けの全米オープンでは決勝に進出し、再び決勝でS・ワウリンカと衝突しましたが、またしても敗れてしまい準優勝となりました。

その後、チャイナ・オープンを欠場、上海マスターズも準決勝でR・バウティスタアグートに敗れ、さらに、BNPパリバ・マスターズでもM・チリッチに敗れました。その結果、1位はA・マレーに確定しました。

ATPファイナルズではラウンドロビンを突破し、準決勝で錦織圭に勝利するものの、決勝でA・マレーに敗れ準優勝となりました。

2017年 怪我によりツアー離脱

カタール・オープンでは決勝でA・マレーと対決し勝利しました。全豪オープンでは2回戦で敗退、メキシコ・オープン(ATP500)でも準々決勝でN・キリオスに敗れました。さらにBNPパリバ・オープンで再びN・キリオスに敗れました。

ムチュア・マドリード・オープン(マスターズ1000)では準決勝でR・ナダルと対戦するも敗れベスト4、BNLイタリア国際ではJ・デルポトロやD・ティエムに勝利しましたが、決勝で若手のA・ズベレフに敗れ準優勝となりました。

全仏オープンではD・ティエムに敗れ、ウィンブルドンは準々決勝敗退となります。さらに右肘の怪我が悪化したためツアー離脱を表明しました。

これにより年間最終ランキングは12位まで下がりました。

2018年 ウィンブルドン・全米オープン優勝、世界1位に復帰

全豪オープンが復帰戦となりました。韓国の若手である鄭現に4回戦で敗れ、再び右肘の手術のため一時的な休養に入りました。

復帰戦となるBNPパリバ・オープンからマイアミ・オープンと初戦敗退、さらにクレーコートシーズンでも早期敗退が目立ちましたが、後半では復帰の兆しが見え始めました。

BNPイタリア国際では錦織圭を破りベスト4、全仏オープンでもR。バウティスタアグートに勝利しベスト8となっています。しかし、一時世界ランキングを22位まで落としました。

クイーンズ・クラブ選手権(ATP500)では決勝でM・チリッチに破れるものの準優勝、ウィンブルドンでは錦織圭R・ナダルとの激闘を制し決勝進出しました。決勝でもK・アンダーソンに勝利し、4回目の優勝を飾りました。

ウエスタン・アンド・サザン・オープン(マスターズ1000)の決勝ではR・フェデラーに勝利し初優勝を飾り、史上初のキャリアゴールデンマスターズ(マスターズ9大会制覇)を達成しました。

全米オープンでは順調に勝ち上がり、準決勝で錦織圭を下し決勝戦に進出しました。さらに決勝でもJ・デルポトロをストレートで下し、見事優勝をして全米3回目かつグランドスラムでは14回目の優勝を飾りました。

さらに上海マスターズでも優勝し、全盛期の強さを取り戻し、再びジョコビッチ時代となりました。

その後のパリ・マスターズでとATPファイナルズでは、K・ハチャノフとA・ズベレフに敗れ準優勝でしたが、年間最終ランキングは1位を取り戻しました。

2019年 全豪オープン・ウィンブルドン優勝

年始のカタール・オープンではベスト4止まりでしたが、全豪オープンでは順調に勝ち上がり、決勝でもR・ナダルに勝利し、大会最多記録となる7度目の優勝を飾りました。

ムチュア・マドリード・オープンではD・ティエムを下して決勝に進出、決勝でもS・チチパスに勝利して優勝しました。BNLイタリア国際でも決勝に進んだものの、R・ナダルに敗れ準優勝に終わりました。

全仏オープンでは準々決勝でA・ズベレフを破りましたが、準決勝で2日間に渡る激闘の末敗れました。

ウィンブルドンでは、決勝でR・フェデラーにマッチポイントを握られるものの、タイブレークを制し大会2連覇を果たしました。

しかし、ウエスタン・アンド・サザン・オープンの準決勝でD・メドベージェフに破れると、全米オープン中に左肩を痛めてしまい、4回戦のS・ワウリンカ戦で途中棄権してしまいました。

復帰戦としてジャパン・オープン・テニス選手権に出場すると、全試合ストレート勝ちの圧倒的な内容で優勝しました。さらにパリ・マスターズでも5度目の制覇をしましたが、1位はR・ナダルに譲りました。

ATPファイナルズはラウンドロビン敗退となりましたが、年間最終ランキングは2位です。

2020年 全豪オープン優勝、史上最多タイ年末ランキング1位

ATPカップ(国別対抗戦)では、R・ナダルD・メドベージェフを破りシングルス6勝とダブルス2勝を挙げ、単複で負けなしの活躍を見せました。

さらに全豪オープンは、失セット1の圧巻の内容で決勝に進出し、D・ティエムと対決し、結果は逆転勝ちで8度目の優勝となり、世界1位の座を奪還しました。

その後は新型コロナウイルスの影響でツアーが中断される中、地震主催の慈善大会を開催しました。しかし、参加者、観客の中でコロナウイルス感染が確認され非難を浴びました。

ツアー再開後、ウエスタン・アンド・サザン・オープンの決勝でM・ラオニッチに勝利し優勝しました。これにより史上初の「ダブルゴールデンマスターズ」を達成しました。

全米オープンでは、3回戦まで順調に勝ち進むものの、4回戦でP・カレノブスタと対戦中にフランスとレーションが溜まり、後方に放ったボールが線審にあたり失格となりました。

それでもBNLイタリア国際では、決勝戦でD・シュワルツマンを破り5回目の優勝を飾り、世界ランキング通算287週のシングルス1位となりました。

全仏オープンでは、決勝戦まで進出するもR・ナダルに敗れ準優勝となりました。

また、ATPファイナルズもベスト4ではあったものの、最終ランキング1位は確定していて、史上最多タイとなる年末1位となっています。

2021年 全豪・全仏・ウィンブルドン制覇

全豪オープンの決勝戦ではD・メドベージェフ、全仏オープンの決勝戦ではS・チチパス、ウィンブルドンの決勝戦ではM・ベレッティーニの若手3人を破り3つのグッランドスラムを制覇しました。

また、ウィンブルドンの制覇によりグランドスラム通算20勝を達成しました。

3月にはATPランキングで1位の在位期間をR・フェデラーの310週を抜かし、311週となり歴代1位となりました。

現在は(2021年7月)、329週となりさらに差が広がりました。

今後、抜かせる人は来るのでしょうか。

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プレースタイル

全てのポジションをこなせるオールランドプレーヤーです。球速はそこまで早くないものの、的確にコースをついてくるため相手も取れないボールを配給します。

特にタッチセンスはプロの中でもずば抜けており、ドロップショットはかなりのもの。また、他の選手と違って決め球ではなく、相手を動かすためのドロップショットを多用してくるため、どんなボールを打つのかも読めないことが多いです。

また、守備もかなり良くバックハンドのカウンターなども多用してきます。

一時期は無駄な動きが多いとしてサーブが弱点でもありましたが、現在はフォーム改善をし、全く無駄な動きがなく、威力も高いサーブに仕上がっています。

どこを取っても好きがないプレーヤーです。

戦績

キャリア通算でATPツアー(ATP250以上予選抜き)での戦績になります。

   サーフェス      勝      敗      勝率   
ハード60411484%
クレー2255680%
グラス951884%
合計83818882%

大体どの選手も勝率は分かれてくるのですが、これだけ均等なのは、おそらくジョコビッチだけだと思います。

全豪で8Vしているのでハードコートが得意だとは思いますが、それでもクレーやグラスコートでもしっかり勝っているのはかなりすごいことです。

獲得賞金

145,656,177ドル(約152億9390万円)

※現在のレートで計算 1ドル = 105円

ランキングの推移

   年      ランキング   
2003年最終679位
2004年最終186位
2005年最終78位
2006年最終16位
2007年最終3位
2008年最終3位
2009年最終3位
2010年最終3位
2011年最終1位
2012年最終1位
2013年最終2位
2014年最終1位
2015年最終1位
2016年最終2位
2017年最終12位
2018年最終1位
2019年最終2位
2020年最終1位
2021年 現在1位

ウェア・シューズ

ウェアはラコステ、シューズはアシックスを使用しています。

ラケット

バボラのスピードプロを使用しています。(限定色)

インプレ記事もあるので是非!!

その他

ジョコビッチの強さの秘密はサーブにあり!?

ジョコビッチといえば、的確なストロークの配給?鉄壁な守り?フットワーク?などいろいろ挙げられると思います。もちろんどれもジョコビッチの強さの秘密であると思います。

しかし、こんなデータも出ています。

「ジョコビッチのサービスキープ率は約88%」で第5位にランクインしています。しかも上位にはビッグサーバーのJ・イズナーやR・オペルカなどが名を連ねる中の上位にランクインです。

ジョコビッチも自分サーブの威力はある方ではないと自覚しているようで、コースを的確に打ち分けていると話しています。

「ここまでサーブはかなり良い。おかげで多くのフリーポイント(サーブでポイントが終わってしまうこと)を奪うことができている」

「スピン、スライス、フラットでボディ、ワイド、センターに打つことを織り交ぜるんだ。相手によって異なる戦略を持っているよ」

Tennis Classic

以前まではここまでサーブを武器にはしていなかったものの、2018年の全豪オープン後の右肘の手術をきっかけにフォームを修正してコンパクトにしたことが要因となっているようです。

K

ジョコビッチは全てが武器になっていますね!

サーブに関しては確かにコンパクトになっています!

まとめ

いかがでしたか?

33歳になっても勢いが止まらないジョコビッチはどこに向かうのでしょうか。このままいけば、フェデラーに次ぐ最高のテニスプレーヤーとして歴史に名前を刻んでくれると思います!

最後までご覧いただきありがとうございました!

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k

こんにちは。kといいます。 普段は会社員。暇さえあればテニスのことを考えております。 ソフトテニス歴10年。硬式テニス歴3年。 千葉県出身。現在は妻息子と一緒に3人で暮らしています。 1つのテニスコミュニティとなれば嬉しいです。 よろしくお願いいします。

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