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【錦織圭】ランキングや年収、過去の試合など紹介。彼女はいるの?

この記事の内容

  • 錦織圭選手の経歴・プレースタイル・戦績・獲得賞金が書いてあるよ!
  • 錦織圭選手の使用しているテニス道具が書いてあるよ!
  • 錦織圭選手のプチ情報が書いてあるよ!
K

こんにちは、Kです。

今回は、日本を代表するテニスプレイヤー「錦織圭」選手について紹介したいと思います。2020年11月現在では、怪我のため大事を取って休養していますが、世界ランキングでもトップ10は安定していた選手です。

また、日本人テニスプレイヤーとして数々の記録を大幅に塗り替えてきた選手でもあります。試合では鋭い目つきや紳士的なプレーをすることで知られています。

その一方、オフの時は柔らかな表情を見せ、ギャップがかなりある選手です。

そこで、この記事を見れば錦織圭選手のことが分かるように、選手の「基本情報」から「経歴」などを踏まえて、詳しく書きたいと思います。かなり長くなるので目次なども是非ご活用ください!

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選手基本情報

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Good memories of @wimbledon this year!

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名前錦織圭(Kei Nishikori)       
出身地島根県(日本)
利き手右利き
バックハンド両手打ち
自己最高ランキング     シングルス:4位 ダブルス:167位
生年月日1989年12月29日(30歳)
身長 / 体重178cm / 73kg

経歴

ジュニア時代

小学校5年生の時に全国小学生テニス選手権大会に出場し、2回戦で第8シードを破る番狂わせを起こしベスト8にの成績を残したことが、錦織選手の始まりです。

小学6年で吉田テニス研修センターで行われた全国24名のトップ選手が揃う「全国選抜ジュニアテニス選手大会」の12歳以下の部で優勝をしました。この大会の準決勝で松岡修造が錦織選手の試合を観戦していて「リターンゲームでの圧倒的な才能」と「サービスの悪い癖」を見つけ、1週間後に開催される「修造チャレンジトップジュニアキャンプ」へ招待されました。

7月末に「全国小学生テニス選手権大会」で5試合すべてストレートで勝ち優勝しました。その後の「全日本ジュニアテニス選手権大会」でも全試合ストレート勝ちをして完全な優勝を成し遂げ全国大会三冠を成し遂げました。

2001年11月に行われた修造チャレンジに2度目の参加し、その合宿の中で身長30cm差ある高校1年生に勝利しました。

中学生になり、スカウティングスタッフの推薦を得て、盛田正明(日本の実業家)が運営する「盛田正明テニス・ファンド」の選考会に参加し、この時にIMGアカデミーヘッドコーチのゲイブ・ハラミロの推薦によって、IMGアカデミーに2週間の短期留学をしました。この短期留学内でコーチ陣に高く評価されて盛田正明テニス・ファンド第4期特待生に選抜されて、渡米しました。

翌月には、テキサス州のジュニア大会でベスト8、ダブルスでは準優勝、12月のオレンジボウル選手権でも準優勝、2004年6月のモロッコで行われたG3ジュニア大会(Gはグレード数が少なくなるほどグレードも上がる)でも優勝し、かなり注目を浴びていた。

高校生になりジュニアG2の大会で立て続けにベスト4入りを果たし、IMGアカデミーでもトップグループに昇格と専任コーチを雇用にしました。10月に大阪で開催された「世界スーパージュニアテニス選手権大会」でシングルス・ダブルスともに準決勝まで進出し、ベスト4の成績を収めました。

6月の全仏オープン男子ジュニアダブルスでは優勝(日本男子初)、シングルスではベスト8という成績を収め、R・ナダルが注目し、決勝前日に仮想R・フェデラーとして2日間ヒッティングパートナーとして呼ばれました。

フューチャーズ大会で着実に実績を積んでいき、9月のカリフォルニアの大会でベスト4、10月のメキシコの大家では決勝で世界ランキング300位の選手を破り優勝を果たしました。この優勝でATPランキングポイント12を獲得したので、ATPチャレンジャーツアーの予選に参加できるまでランキングを上げました。

シーズンの終盤では、チャレンジャーの2大会で本戦に出場し、初勝利もしています。2006年のシーズン終了時では世界ランキング603位につけており、日本人選手としては10位となり、すでに日本トップの選手となっていました。

プロ転向(2007年)

3月のマイアミ・マスターズのダブルスに、主催者推薦の元シングルス元1位のG・クエルテンと組んでツアー初出場しました。また、同大会のジュニア部門として開催されたルキシロンカップで優勝しました。この大会期間中R・フェデラーの練習相手も務めています。

4月には全米男子クレーコート選手権(ATP250)でツアーシングルス予選に初出場、LAテニス・オープン・USTA男子チャレンジャーで準優勝、カントリーワイド・クラシック(ATP250)では自身初のツアー本戦出場を果たしました。

さらに翌週のRCA選手権(ATP250)でも本戦に出場し、日本人男子史上最少年ATPツアーシングルスベスト8を決めました。そのほかに、レッグ・メソーン・テニス・クラシック(ATP500)で本戦出場、全米オープンでグランドスラム予選に初出場、チャイナ・オープン(ATP500)本戦出場などいろいろな大会に出場し経験を積みました。

その後、日本に帰国して記者会見を開き、17歳9か月でプロ転向を発表しました。

ここからは功績を残しまっくていてかなり長くなるので、年表形式にします。多分読んでいる皆さんによっても見やすくなると思います。

経歴
2008デルレイビーチ国際テニス選手権(ATP250)でツアー初優勝
ATPツアー制覇は日本人男子選手として2人目
世界ランキング99位
ウィンブルドン前哨戦のアルトワ選手権でR・ナダルから1セット奪う
R・ナダルのコメント
→「彼は数年後には世界ランク10位、いや5位に食い込んでくるだろう。100%間違いない。」
北京オリンピック出場
全米オープンで日本人初4回戦進出
楽天オープン(ATP500)で3回戦進出
ストックホルム・オープン(ATP250)でベスト4入り
2009全豪オープン後の世界ランキングで自己最高の56位を記録
ATPワールドツアー最優秀新人賞を受賞
5月右ひじの疲労骨折のためツアー離脱
2010復帰(ランキングを失うが下部ツアーで好成績を収めランキングを回復)
全仏オープンで2回戦出場
全米オープンの2回戦でM・チリッチ破り3回戦進出
20111月3日にユニクロと契約
全豪オープンの2回戦でF・マイヤー(当時36位)を破り3回戦進出
世界ランキング68位に浮上
デルレイビーチ国際テニス選手権でベスト4
マイアミ・オープンのマスターズ1000で初勝利
全米男子クレーコート選手権で準優勝
バルセロナ・オープン(ATP500)では3回戦進出
世界ランキング自己最高の47位に浮上
上海マスターズでマスターズ1000で初のベスト4進出
世界ランキング自己最高の30位(日本人男子選手最高)
スイス・インドア(ATP500)では準決勝でN・ジョコビッチを破る大金星を挙げるR・フェデラーに敗れる
2012全豪オープンでベスト8進出
ソニー・エリクソン・オープンでベスト16入り(日本男子初)
バルセロナ・オープンでは準々決勝まで進出
ウィンブルドンでは3回戦進出
ロンドンオリンピックでベスト8進出
全米オープン3回戦進出
楽天ジャパン・オープン(ATP500)で優勝しツアー2勝目
世界ランキング自己最高の15位に浮上
2013ブリスベン国際単複ベスト4
全豪オープンベスト16
全米国際インドアテニス選手権(ATP250)で優勝しツアー3勝目
マドリード・マスターズでR・フェデラーを破る大金星を挙げ、ベスト8進出
全仏オープンベスト16
世界ランキング11位(自己最高)
2014全豪オープン3年連続ベスト16
全米国際インドアテニス選手権で優勝しツアー4勝目
マイアミ・マスターズでR・フェデラーを破りベスト4進出
バルセロナ・オープンで優勝し、ツアー5勝目
マドリード・マスターズで準優勝(R・ナダルに敗れる)
世界ランキング9位(自己最高・アジア人男子最高位)
ゲイリー・ウェバー・オープン(ATP250)でベスト4
ウィンブルドンでベスト16
シティ・オープン(ATP500)でベスト8
全米オープンで準優勝(日本人男女初)
世界ランキング8位(自己最高)

マレーシア・オープン・クアラルンプール(ATP250)で優勝し、ツアー6勝目
世界ランキング7位に浮上(自己最高)
楽天ジャパン・オープンで優勝

世界ランキング6位に浮上(自己最高)
2014年ATPレースランキングにおいて、グランドスラム準優勝、マスターズ1000準優勝とベスト4が2回、500シリーズ250シリーズ優勝2回ずつで合計4625ポイントを獲得し世界第5位に浮上
アジア人男子初のATPワールドツアー・ファイナルズ出場が決まる
2015ブリスベン国際でダブルス準優勝、シングルスはベスト4
全豪オープンS・ワウリンカに敗れベスト8
メンフィス・オープンでK・アンダーソンに勝利し3連覇
メキシコ・オープン決勝でD・フェレールに敗れ準優勝
世界ランキング4位(自己最高)
マイアミ・オープンではJ・イズナーに敗れベスト4
バルセロナ・オープンではP・アンドゥハルに勝利し2連覇
マドリード・オープンではA・マレーに敗れベスト4
BNLイタリア国際ではN・ジョコビッチに敗れベスト8
全仏オープンではベスト8進出
フォーブスが発表する「世界で最も稼ぐスポーツ選手」2015年版で92位にランクイン(約23億)
ゲリー・ウェバー・オープンベスト4
ウィンブルドンは2回戦で棄権したが、アジア選手初の1,000万ドル(約12億円)突破した
シティ・オープンJ・イズナーに勝利し、初優勝
2年連続ATPワールドツアー・ファイナルズに出場
軽い怪我が続き後半は思うような試合ができず、年間最終ランキングは8位となった
2016全豪オープンN・ジョコビッチに敗れベスト8
メンフィス・オープン若手T・フリッツに勝利し4連覇を達成
マイアミ・オープンでは決勝に進むもN・ジョコビッチに敗れ準優勝
バルセロナ・オープンでは決勝進出はしたもののR・ナダルに敗れ準優勝
マドリード・オープンではまたもN・ジョコビッチに敗れベスト4
BNLイタリア国際で再びN・ジョコビッチに敗れベスト4
脇腹の痛みを訴え一時休息していたがすぐに復帰
怪我明けのロジャーズ・カップ(マスターズ1000)で決勝でまたN・ジョコビッチに敗れ準優勝
リオオリンピックでは準決勝でA・マレーに敗れるものの3位決定戦でR・ナダルに勝利し銅メダル獲得
全米オープンではA・マレーに勝利するも、準決勝でS・ワウリンカに敗れベスト4
3年連続ATPワールドツアー・ファイナルズに出場
スイス・インドアではM・チリッチに敗れ準優勝だったが世界ランキング4位に復帰
2017ブリスベン国際では、ダブルスでD・ティエムとペアを組みベスト8、シングルスではG・ディミトロフに敗れ準優勝
アルゼンチン・オープン(ATP250)で準優勝、BNLパリバ・オープンとマイアミ・オープンでベスト8で敗退
全仏オープンではA・マレーに敗れベスト8
シティ・オープンでは若手のA・ズべレフに敗れベスト4
その後手首の痛みを訴え検査した結果尺側手根伸筋腱の部分断裂で2017年の大会を全休した。
年最終ランキングは22位
2018RBCテニスチャンピオンシップス・オブ・ダラス(チャレンジャー)で優勝
2月のニューヨーク・オープン(ATP250)でATPツアー復帰した(ベスト4)
モンテカルロ・マスターズでR・ナダルに敗れたがM・チリッチA・ズべレフに勝利し準優勝
BNLイタリア国際では準々決勝でN・ジョコビッチに敗れる(11連敗)
ウィンブルドンでは自身初ベスト8になったが準々決勝でN・ジョコビッチに敗れる
シティ・オープンでベスト8、全米オープンではベスト4入りを果たした。
楽天ジャパン・オープンではD・メドベージェフに敗れるものの準優勝
上海・オープンではベスト8、エルステ・バンク・オープンではK・アンダーソンに敗れ準優勝
パリマスターズではベスト8入りをして世界ランク8位とトップ10に復帰した
デルポトロのけがによる棄権でNitto ATPファイナルズに4度目の出場を決めた
2019ブリスベン国際の決勝でD・メドベージェフに勝利し優勝
全豪オープンではP・カレノブスタに勝利したもののN・ジョコビッチに敗れベスト8
ABNアムロ世界テニス・トーナメント(ATP500)ではS・ワウリンカに敗れベスト4
バルセロナ・オープンではD・メドベージェフに敗れベスト4
全仏オープンはR・ナダルに、ウィンブルドンではR・フェデラーに敗れ両大会ベスト8
この後も大会には出るが思うように結果が残せず
ここから怪我によるツアー離脱になる
右肘の手術のため残りを全休(年最終ランキング13位)
2020ツアー復帰する予定だったが、新型コロナウイルスに感染
9月のオーストラリア・オープンで復帰するが1回戦敗退
BNLイタリア国際で復帰後初白星も上げるが2回戦敗退
次は肩の故障によりツアー離脱
残りツアー全休

N・ジョコビッチがいなければ、何度優勝していたことか...

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プレースタイル

ベースラインで相手を崩すことも多いですが、前も頻繁に出ます。錦織選手も他の日本人選手同様、海外の選手に比べれば体格やパワーの部分ではやや劣ってしまいます。

しかし、リターンやフットワーク、相手に準備をさせない早い返球によって世界のトップ選手とも戦えるものを持っています。また、タッチのセンスも抜群でドロップショットや相手の逆をついたボレーなどトリッキーな技も頻繁に使います。

錦織選手自身も「感覚」というワードを使うように体に染みついているセンスなので真似するのは難しそうです。また、バックハンドも有名でATPの公式サイトで取り上げられたこともあります。

コロナの感染や怪我で思うように動けないときが多いですが、また超絶テクニックを早く見たいですね!!

戦績

普段は2020年内でATPツアー(ATP250以上予選抜き)での戦績を入れていますが、錦織選手はツアーを離脱していたため、キャリアの勝敗を入れています。

   サーフェス      勝      敗      勝率   
ハード26812769%
クレー964363%
グラス402468%
合計40419468%

錦織選手はグラスは苦手でハードとクレーが得意と言っていましたが勝率を見る限りではそんなこともなさそうです。確かクレーコートに関しては、試合後のインタビューかなんかで得意と言っていたような気がします。

錦織選手もスピン系のボールを打つため高く跳ねるハードコート、また、球速が遅くなりフットワークの良さが影響するクレーコートの苦手意識はないみたいですね。

獲得賞金

24,012,954ドル(約25億2136万円)

※現在のレートで計算 1ドル = 105円

現在錦織選手は日本で1番稼ぐスポーツ選手になっています。この25億は獲得賞金なので、スポンサーを含めるととんでもない額になるでしょう。

ランキングの推移

   年      ランキング   
2007年最終286位
2008年最終63位
2009年最終418位
2010年最終98位
2011年最終25位
2012年最終19位
2013年最終17位
2014年最終5位
2015年最終8位
2016年最終5位
2017年最終22位
2018年最終9位
2019年最終13位
2020年11月40位

プロデビュー1年後に63位ってかなりすごいですね。そのあとはツアー離脱で下がっていますが、すぐに取り戻しています。錦織選手は現在30歳で故障に悩まされています。しかし、日本テニス界のエースなのでまた戻ってきてプレーが見たいです!

ウェア・シューズ

ウェアはユニクロを使用しています。

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Fantastic day with the @uniqlo_hawaii team! 🤙🤙🤙🤙

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シューズはナイキを使用しています。

※錦織選手がデザインしたものではないですが、モデルは同じです。参考までにどうぞ...


ラケット

Wilson(ウィルソン) ULTRA TOUR 95CV V3.0 を使用しています。

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Happy with today! Cold and rainy. But the win made me feel good.

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錦織選手が使用しているラケットのインプレも書かせていただいたので、気になっている方は下記記事をご覧ください!

その他

大坂なおみからコラボスニーカーが届く!!

錦織選手が自身のインスタグラムに大坂なおみとコムでギャルソンとナイキがコラボしたスニーカーを履いている写真をアップしました。

もちろんスニーカーの話題もありますが、それより2人のかわいらしいやり取りに注目されました。

ちなみにこの靴は、

NIKE(ナイキ)の NIKE BLAZER MID `77に OSAKA NAOMIとCOMME des GARCONSの文字がグレーでプリントされていて、その上に大坂なおみのサインと「Home is where the heart is(家庭とは愛情があるところ)」という大坂なおみらしいメッセージが入っています。

結婚の相手は元モデルの「観月あこ」こと山本舞さん

2020年は錦織選手にとって怪我や手術、コロナ感染などかなり辛い時期になりましたが、年末いいお知らせがありました。

それは元モデルの「観月あこ」こと山本舞さんとの結婚が報じられたことです。

スポーツ選手は体調管理を始め、メンタル維持など何かと大変です。そのために支えてくれる人の影響は大きく、周りは反対しているとの声が多いですが、スポーツ選手としてプラスになればいいのではないでしょうか!

とにかくこれからの錦織選手の活躍に期待大です!!

まとめ

いかかでしたか?かなり気合を入れて作成したのですが、まだまだ書き足りないことがあります。選手の情報は随時更新していく予定です。

まだまだ現役でいけるのでこれからの活躍も期待しましょう!!

最後まで見て頂きありがとうございました!!

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k

こんにちは。kといいます。 普段は会社員。暇さえあればテニスのことを考えております。 ソフトテニス歴10年。硬式テニス歴3年。 千葉県出身。現在は妻息子と一緒に3人で暮らしています。 1つのテニスコミュニティとなれば嬉しいです。 よろしくお願いいします。

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