選手一覧

【ナダル】全仏最多優勝のテニス選手!武器はフォアハンド?結婚は?

この記事の内容

  • ナダル選手の経歴・プレースタイル・戦績・獲得賞金が書いてあるよ!
  • ナダル選手の使用しているテニス道具が書いてあるよ!
  • ナダル選手のプチ情報が書いてあるよ!
K

こんにちは、Kです。

全仏で凄まじい勝率を誇る「ラファエル・ナダル」。使用しているラケットがかなり人気とでて使用するプレイヤーがたくさんいたり、R・フェデラーと並んで人気な選手なのではないかと思っております。

また、私が見る限りプロの中で一番温厚で紳士的な対応をする選手だと思っており、相手に敬意を払い試合終了後には拍手で見送ります。それだけではなく、もちろん実力も兼ね備えており、スピンがかかった強烈なフォアハンドは、相手も容易に打ち返せないほどの威力があります。

そこで、この記事を見ればラファエル・ナダル選手のことが分かるように、選手の「基本情報」から「経歴」などを踏まえて、詳しく書きたいと思います。

スポンサーリンク




選手基本情報

名前ラファエル・ナダル・パレラ(Rafael Nadal Parera)   
※サイトによって違います。    
出身地バレアレス諸島州マナコル(スペイン)
利き手左利き
バックハンド両手打ち
自己最高ランキング     シングルス:1位 ダブルス:26位
生年月日1986年6月3日(34歳)
身長 / 体重185cm / 85kg

経歴

ジュニア時代

8歳のころにスペインの12歳以下の大会で優勝し、それがきっかけでプロテニスプレイヤーの道を選びました。

それまでは、叔父がサッカー元スペイン代表ディフェンダーのミゲル・アンヘル・ナダルということもあり、サッカー選手になろうとしてたということでした。

また、ナダルのプロ入りはかなり早く、2001年の15歳でプロ入りをしたということです。

プロ転向(2001年)

2003年 17歳でトップ50入り

4月21日の16歳10ヶ月で世界ランキング100位入り、8月4日の17歳2ヶ月で世界ランキング50位入りを果たしています。

2004年 デビスカップで優勝に貢献

オレンジ・ワルシャワ・オープンでシングルス初優勝し、アテネ五輪に元世界ランキング1位のC・モヤと組みダブルスで出場しています。

また、全米オープンのダブルスでもT・ロブレドを組んで準決勝まで行っています。12月にアメリカで行われたデビスカップの決勝ではA・ロディックを破り優勝に貢献しています。

2005年 全仏オープン優勝、ランキング2位

この年でナダルは急成長しています。モンテカロル・マスターズを18歳10ヶ月で優勝し、世界ランキング10位入りを果たします。続いてBNLLイタリア国際(マスターズ1000)でも優勝し、全仏オープンが始まる前で5位まで上昇しました。

さらに全仏オープンではシードを次々と破る番狂わせを起こして、準決勝ではR・フェデラーを撃破し、その流れで決勝もM・プエルタも破り、19歳2日の若さで全仏オープンを制覇しました。

その後のグランドスラムでは早期敗退でしたが、19歳1ヶ月でR・フェデラーに次ぐ、世界ランキング2位となりました。

この年でATPツアーで年間11勝を挙げており、マスターズではモンテカルロ、BNLイタリア国際、ロジャーカップ、マドリードの4大会で優勝しています。

2006年 全仏オープン連覇

全仏オープンでは、決勝でR・フェデラーを破り2連覇を果たします。さらにクレーコートでの連勝記録は60連勝となりました。

ウィンブルドンでは決勝でR・フェデラーに敗れたもののグラスコートでも強さを発揮しました。この年に、「ローレウス・スポーツ賞」「最優秀新人賞」を受賞しています。

2007年 全仏オープン3連覇

ハンブルク・マスターズは決勝まで進んだものの、R・フェデラーに敗れ自身が持っていた最多連勝記録が「81連勝」でストップしてしまった。

しかし、全仏オープンでは強豪を次々破り決勝に進出しました。そこでは再びR・フェデラーと対戦し、見事勝利を収めて、大会3連覇を記録しました。

さらにウィンブルドンでも雨で順延などハードなスケジュールの中、決勝へ進出しR・フェデラーと激突しました。しかし、芝の王者であるR・フェデラーに敗れてしまい準優勝となりました。

2008年 全仏・ウィンブルドン優勝、北京五輪で金、ランキング1位

全豪オープンでは準決勝まで進出するもののJ・ツォンガに敗れベスト4、全仏オープンでは決勝でR・フェデラーを下し4連覇を果たしました。

6月のアルトワ選手権(ATP500)ではグラスコートで初優勝を果たしまし、その勢いに乗り、ウィンブルドンでもR・フェデラーに勝利し初制覇を成し遂げました。

その後の北京五輪でも決勝でF・ゴンザレスを破り金メダルを獲得、大会終了後に世界ランキング1位となりました。

2009年 全豪オープン優勝

全豪オープンでは決勝でR・フェデラーを破り優勝しましたが、膝を故障したため。ウィンブルドンの出場を断念しました。

ロジャー・カップで復帰をしましたが、成果が出せずに敗退し、世界ランキングもR・フェデラーとA・マレーに次いで3位に後退しました。

2010年 キャリアゴールデンスラム(全仏・ウィンブルドン・全米優勝)

前年度に優勝している全豪オープンでありましたが、怪我の悪化で途中棄権し2ヶ月の休養を余儀なくされました。しかし、休養明けに再びラファエル・ナダルが復活することとなります。

モンテカルロ・マスターズ、BNLイタリア国際、マドリードとクレーコートのマスターズを連続優勝を果たします。さらに全仏オープンでは全試合ストレートで勝利し、世界ランキングも1位となり返り咲きました。

それだけでは終わらずウィンブルドン優勝、全米オープン優勝、これにより24歳3ヶ月最年少での「キャリアゴールデンスラム」を達成しました。楽天ジャパン・オープン(ATP500)で日本に来日し、G・モンフィスに勝利し優勝しました。

2011年 ジョコビッチの壁

この年はN・ジョコビッチとの戦いになります。インディアンウェルズ・マスターズとマイアミ・マスターズの決勝でN・ジョコビッチに敗れ準優勝でしたが、モンテカルロ・マスターズでは優勝しました。

しかし、マドリード・マスターズとローマ・マスターズでも決勝でN・ジョコビッチに敗れました。その後の全仏オープンではR・フェデラーを破り6回目の優勝でしたが、またまた、ウィンブルドンと全米オープンではN・ジョコビッチに敗れてしましました。

2012年 全仏オープン7度目の優勝

全豪オープンではN・ジョコビッチに敗れましたが、モンテカルロ・マスターズと全仏オープンではN・ジョコビッチに勝利し、全仏オープンでは7度目で最多優勝記録となりました。しかしこの後、膝の怪我が悪化しツアーを一時離脱しました。

2013年 全仏・全米優勝、獲得賞金歴代最多

復帰初戦のVTRオープン(ATP250)では準優勝でしたが、ブラジル・オープン(ATP250)では、復帰後初優勝を飾りました。その後のアビエルト・メキシコ・オープン(ATP500)とインディアンウェルズ・マスターズでは優勝、モンテカルロ・マスターズではクレーコートでしたが、N・ジョコビッチに敗れ準優勝となりました。

しかし、バルセロナ・オープン・バンコ・サバデル(ATP250)、マドリード・マスターズ、BNLイタリア国際では優勝を果たしました。さらに全仏オープンでは、決勝でD・フェレールを破り優勝したため、8度目の優勝となりました。

その後のウィンブルドンでは1回戦敗退となりましたが、ロジャー・カップとシンナシティ・マスターズでは優勝し、ハードコートマスターズで2週連続優勝となりました。

全米オープンでもN・ジョコビッチに勝利し優勝しましたが、チャイナ・オープンとATPワールドツアー・ファイナルズではどちらもN・ジョコビッチに敗れています。しかし、この年では10大会で優勝しシーズンランキング1位となり、1シーズンの獲得賞金が1,456万915ドル(約15億)となり歴代最多となりました。

2014年 全仏オープン優勝

カタール・エクソンモービル・オープン(ATP250)で優勝し、全豪オープンを迎えました。全豪オープンでは、決勝進出したもののS・ワウリンカの攻撃的なプレーに屈し、準優勝となりました。

その後リオ・オープン(ATP500)では優勝、BNPパリバ・マスターズとマイアミ・マスターズでは準優勝、モンテカルロ・マスターズとバルセロナ・オープンでは準々決勝敗退となってしまいました。

その後のマドリード・マスターズでは錦織圭の棄権により優勝、ローマ・マスターズでは、N・ジョコビッチに敗れ準優勝となりました。

調子の浮き沈みが激しい中の全仏オープンでしたが、やはり勝負強さを発揮し、見事優勝して全仏5連覇9度目の優勝を果たしました。

2015年 不調の年、後半は回復!?

カタール・エクソンモービル・オープン、3月のアルゼンチン・オープン(ATP250)では優勝しましたが、あまりいい成績を残せずに世界ランキングは7位に後退しました。9度の優勝を誇る全仏オープンでもN・ジョコビッチに敗れベスト8となりました。

6月のメルセデス・オープン(ATP250)では優勝をしましたが、そのあとも調子が出ずに早期敗退が続きます。7月のドイツ国際オープンではクレーことで優勝し、10位だったランキングも8位まで戻しました。

しかし、またしても調子がないときが多くなりますが、年末のATPワールドツアー・ファイナルズでS・ワウリンカやA・マレーを圧倒し復活の兆しを見せました。この時の最終ランキングは5位です。

2016年 またしても不調、しかしマスターズ優勝

2015年末では復活の兆しが見えたものの、年初はいい成績を出せずにいました。

しかし、4月のモンテカルロ・マスターズでは、D・ティエムやS・ワウリンカ、A・マレーを破り決勝進出し、決勝ではG・モンフィスを破りマスターズでは2年ぶりの優勝となりました。さらに翌週のバルセロナ・オープンでも錦織圭に勝利し優勝、全仏では3回戦を右手首の怪我により棄権しましたが、全仏後のランキングでは4位となりました。

その後休養を取り、リオ五輪で復活します。ダブルスでは決勝に進出し、ルーマニアのメルジャ/テカウ組に勝利し優勝を果たします。シングルスでは3位決定戦で錦織圭に敗れ、メダル獲得は逃しています。

その後の大会にも出場しましたが結果は出ずに右手首のリハビリのためシーズンを終了しています。

2017年 全仏オープン優勝、ランキング1位

復帰戦となるブリスベン国際ではベスト8、全豪オープン、メキシコ・オープン、マイアミ・オープンでは準優勝となり徐々に調子を取り戻していきます。

その後のモンテカルロ・マスターズでは優勝し、クレーコート通算50賞を達成しました。また、バルセロナ・オープンとマドリード・マスターズで優勝、全仏オープンでも全試合ストレート、失ゲーム数35という驚異の結果で全仏オープン「ラ・デシマ(スペイン語でV10)」を達成しました。その結果、3年ぶりの世界1位復帰が確定しました。

全米オープンでは、決勝でK・アンダーソンを破り優勝、その後のチャイナ・オープンでは、決勝でN・キリオスを破り優勝、上海マスターズは決勝でR・フェデラーに敗れ準優勝となりました。

最終戦のBNPパリ・マスターズではベスト8ではあったものの、30代選手として初めて年間最終ランキング1位となりました。

2018年 V11達成、全仏オープン優勝

昨年末の足の故障があり、年初は辞退や出場してもいい成績を残せないことが多くありましたが、モンテカルロ・マスターズで錦織圭を破り優勝、バルセロナ・オープンでは決勝でS・チチパスを破り優勝することで「ウンデシマ(スペイン語でV11)」を達成しました。

ローマ・マスターズではF・フォニーニ、N・ジョコビッチA・ズべレフを下し8度目の優勝、全仏でも決勝でD・ティエムを破り11度目の優勝を果たしました。

また、ウィンブルドンではベスト4、ロジャーズ・カップでは優勝全米オープンではベスト4となりました。年末に再び膝を故障し大会を辞退したため1位はN・ジョコビッチではあったものの年間最終ランキングは2位に留まりました。

2019年 全仏オープン優勝、ランキング1位

全豪オープンでは若手を次々と破り決勝に進出しましたが、決勝でN・ジョコビッチに敗れ準優勝となりました。BNPパリバ・オープンは準決勝まで進出しましたが、膝の故障のため棄権し、マイアミ・オープンも欠場しました。

その後の復帰戦であるモンテカルロ・マスターズでは、準決勝でF・フォニーニに敗れベスト4、続くバルセロナ・オープンではD・ティエムに、マドリード・マスターズではS・チチパスに敗れ準決勝敗退となりました。

しかし、ローマ・マスターズでは不調を脱し、決勝でN・ジョコビッチを破り優勝、全仏オープンでは決勝でD・ティエムを破り3連覇かつ12度目の優勝を果たしました。ウィンブルドンではベスト4、続くロジャーズカップでは決勝でD・メドベージェフを下し見事優勝しました。

BNPパリバ・マスターズでは準決勝のD・シャポバロフ戦で腹筋の炎症により棄権しましたが、年間最終ランキングが1位が決定しました。

2020年 全仏優勝、グランドスラム20勝、シングルス通算1000勝

全豪オープンでは準々決勝でD・ティエムに敗れベスト8、メキシコ・オープンでは優勝をしました。その後はコロナウイルス感染症流行により、ツアーが一時中断となりました。

BNLイタリア国際で復帰しましたが、準々決勝でD・シュワルツマンに敗れました。全仏オープンですが、この年は9月に行われたため寒い環境ででのプレーとなり、さらにボールもバボラ製からウィルソン製に変更になりました。

これによってボールが重くなりナダルが得意なスピンがかけにくくなってしまい不利な状況になりますが、全仏オープンの決勝でN・ジョコビッチを破り4連覇かつ13度目の優勝を果たしました。

これによりグランドスラム通算20勝となりR・フェデラーに並び歴代1位となりました。また、パリ・マスターズでは、史上4人目のシングルス通算1000勝を達成しました。

スポンサーリンク




プレースタイル

一番印象が強いのがフォアハンドだと思います。軌道が高いスピンがかかったボールを打つことで相手に攻撃するチャンスを与えないプレーをします。主にストロークがメインのベースライナーではありますが、年齢が上がるにつれてネットプレーも目立つようになってきました。

フォアバックともに強力なストロークは持っているものの、かなりの力を使うので故障が多いです。若いときはすぐ復活できたものの、ナダルも人間なので、年齢が上がると治りが悪くなってしまいます。

そこで少しでも負担を軽減するために決定力のあるネットプレーを混ぜるようになったのでしょう。また、守備力も抜群でどんなボールでも食らいつき相手のコートに打ち込みます。

それだけでは自分の準備ができないので、スライスを使って整えたりすることもありますが、やはり年齢のためか、最近はそこまでボールを深追いしていないように見えます

…しかし、年齢が上がっても攻守ともに素晴らしい選手には変わりがなさそうです!

戦績

キャリア通算でATPツアー(ATP250以上予選抜き)での戦績になります。

   サーフェス      勝      敗      勝率   
ハード48413678%
クレー4454092%
グラス712078%
合計100019684%

クレーコートの勝率が92%って異常ですね。まさに「赤土の王者」です。これだけ勝率が高いのもスピンがかかっているストロークが要因です。

跳ねるということでいえば、ハードコートも同じなのですが、スピンがかかったボールだとクレーコートが跳ねます。ナダルの場合は、スピンがかかっているう上にネットギリギリではなく高い軌道で相手に返すため、相手に取ったら深くてよくはねるボールが返ってくるわけです。

そうなると、ベースラインから離れているため、相手も打ち込めずにいるため、結局は浅くなったところをナダルに決められるという、まさに一方的な展開になってしまいます。これがクレーコートでストレート勝ちをするゲーム運びだと思っています。

何が言いたいかというと、「深くて跳ねるので打ち返しにくいし攻撃もできない」ということです!

獲得賞金

123,023,764ドル(約129億1750万円)

※現在のレートで計算 1ドル = 105円

もうナダルも若手ではないので引退まで数えたほうが早そうです。しかし、グランドスラムなどのツアーで優勝しているので、まだまだ活躍しそうです!しかも上にはR・フェデラーがいますし。どこまで伸ばせるかが楽しみです!

ランキングの推移

   年      ランキング   
2001年最終811位
2002年最終200位
2003年最終49位
2004年最終51位
2005年最終2位
2006年最終2位
2007年最終2位
2008年最終1位
2009年最終2位
2010年最終1位
2011年最終2位
2012年最終4位
2013年最終1位
2014年最終3位
2015年最終5位
2016年最終9位
2017年最終1位
2018年最終2位
2019年最終1位
2020年11月2位

ナダルはプロ転向が2001年でランキングが急に上がったのが2003年です。2年間は下積み時代のような時を過ごし一気に駆け上がってきた選手であります。

そのため、ピンポイントでこの年がすごいというのはないのですが、一番のきっかけは2005年の世界ランキング2になり、ツアー通算11勝上げたところではないでしょうか。もちろん1位になったことも上げられますが急成長のきっかけは2005年だと思います。

ウェア・シューズ

ウェア・シューズともにNIKE(ナイキ)を着用しています。いくつか関連商品も載せておきますので是非見てください!

ラケット

Babolatのピュアアエロを使用しています。

その他

ナダルはドランゴンボールが好き!?

ナダルはドラゴンボールファンとしても有名です。

2012年の全仏オープンでの出来事です。序盤はナダル優勢でゲームが進んでいましたが、しかし、第3セットからN・ジョコビッチに8ゲーム連取され、流れは完全にN・ジョコビッチになりましたが、この日は日没サスペンデッドによって翌日への順延が決まりました。

N・ジョコビッチの怒涛の追い上げで、明日が不安で落ち着かないナダルでありましたが、その時とった行動は、パソコンで「ドラゴンボール」を見ることでした。これで落ち着き取り戻したナダルは眠りについて、次の日のジョコビッチ戦では勝利を収めたという…

果たして「ドラゴンボール」が勝利に直接関係したかはわかりませんが、少なからずナダルの助けにはなったようです。また、ナダルのウェアはノースリーブが多いですが、悟空をイメージしているそうです。あとはあの筋肉もドラゴンボールからきているらしいです…

まとめ

いかがでしたか?

やはりナダルは若いころから活躍して今の大記録をたたき出しているのですね!さらに相手への敬意などを忘れない名プレイヤーだと思うのでこれからも応援し続けようと思います。

さらに今でも更新し続けている全仏優勝記録。現在は13度ですが、一体何回まで記録が伸びてくのでしょうか。

最後までご覧いただきありがとうございました。

スポンサーリンク




k

こんにちは。kといいます。 普段は会社員。暇さえあればテニスのことを考えております。 ソフトテニス歴10年。硬式テニス歴3年。 千葉県出身。現在は妻息子と一緒に3人で暮らしています。 1つのテニスコミュニティとなれば嬉しいです。 よろしくお願いいします。

-選手一覧
-

© 2021 Tennis.LAB Powered by AFFINGER5